もしあなたが会社を
辞めたいとちょっとでも
思ったなら
改めて立ち止まって
考えてほしい。
何のための人生か?
誰のための人生か?
学生の時に
一生懸命勉強して
というか、
いい学校を出て
いい会社に入ると
順風な人生を送れると
親にその気にさせられて
頑張ってきた。
そのおかげで
なんとか就職して
一生懸命お金を
稼ぐために働いた。
稼いだお金で
好きなもの買い
友達と飲みに行き
彼氏、彼女とデートして
夢や希望に満ちた20代。
会社のストレスは
自分がまだ未熟だからと
そう上司に思わされ
必死に耐えてきた。
休みの日に
自分の趣味を謳歌して
リフレッシュして、
また月曜日から仕事に戻る。
このサイクルを
こなしているうちに
幸せとは何かと
ちょっと思った。
結婚して家庭を持てば
幸せになる。
そう思っていい人が
見つかって結婚した。
子供が生まれて
とても幸せな人生。
夢のマイホームに憧れ
住宅ローンを組んで
それを手にした。
家族の幸せのために働くと
そして仕事に向かう。
そう思っているうちは
ちょっとつらいことや
ストレスがあっても
我慢してなんとか乗り越えた。
あるとき、ふと立ち止まる。
自分の人生ってなんだろう?
会社の為に働くって
カッコいいこと考えてたけど
それって自分にそう
言い聞かせただけじゃないか?
本当はやりたいことが
あったのに、
今では家族もあって
住宅ローンを払わなきゃいけない。
だから、
気の進まない今の仕事も
定年まで勤め上げることが
自分の責任だと思ってた。
飲みに行っても、
休みを謳歌しても、
好きなものを手に入れても、
ストレスを発散しても、
なぜかどこか物足りない。
それはなぜか?
自分のために生きているか?
自分がやりたいことに
情熱を燃やしているか?
お金のために人生を
犠牲にしていないか?
本当はもっと挑戦したいのに
言い訳をたくさんして
行動できずにいる自分。
もし勇気があったらやるのに。
なんだか情けない。
なんだか情けない。
なんだか情けない。
自分の人生の価値は
誰が決めるのか?
会社の上司に評価されるのか?
そって会社の方針に
あってるかどうか
だけじゃないのか?
会社の言う通り
期待の通りに働けば
自分が評価される。
その評価に慣れてないか?
家族から評価されるのか?
それはもちろん大事なこと。
家族を幸せにする。
配偶者や子どもたちが
幸せに暮らせるように。
それを満たしていれば
自分が犠牲になっても
かまわない?
そのために体を壊してまで
会社のために働いて
お金を稼ぐのか?
60歳や65歳の定年になってから
自分の好きなことを
やろうと思ったら
体力的にも気力的にも
ピークが過ぎている。
蓄えた貯金を守ろうと
挑戦することを恐れ
守りになる人生が待っている。
年金もなかなか期待ができない。
節約しながら。
ぼそぼそと生きる人生。
老後はそれでも
いいかもしれない。
だけど若い頃に
やりたかったことを
諦めなければならない。
するとそれは死ぬまで
諦めることになる。
余命宣告された
ホスピスにいる患者さんが
口を揃えて言うことがあるらしい。
「若い頃にもっと
挑戦しておけばよかった。」
「自分の思うように
やりたいことをやればよかった。」
「もし生まれ変わったら
今度こそそうする。」
そうやって惜しんで
人生を後悔する。
自分の人生は誰が評価するか?
それは自分自身である。
自分の人生を自分が
評価すると決めたのなら
自分が自分の上司になって
檄を飛ばしてもっとやれと
言えばいい。
失敗を恐れるな。
挑戦しろ立ち向かえ!
そしてその行動を
後から自分で評価すれば
いいんじゃない?
いつまでも
現状にしがみついてないで
新たな一歩踏み出そう。
自分の人生は
自分が評価する。
そんな人生を送ろう。